まほろばの国から

大和は国のまほろば    奈良大好きtomoが見つけた旬の奈良などの情報を徒然なるままに!

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達陀帽いただかせ

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 長く厳しい「お水取り」もいよいよ「万行」となる15日には、二月堂で、「達陀(だったん)帽いただかせ」が行われました。
これは、二月堂の南側で、朝9時から15時までの間 、行中の妙法「達陀」で用いられた金襴(きんらん)の帽子を幼児にかぶせてもらう行事です。
 これをかぶせてもらうと災難を受けず、また賢い子に育つといわれています。

 友人が、こどもさんと行ってきたということで、写真を送ってきてくれました。
写真をブログに掲載してもOKということなので、紹介しま~す!
 かわいいです!
 帽子をかぶせてもらって、はじめはきょとんとしていたお子さん。
 そのうち泣き出してしまったとか。
 きっと、びっくりしたのでしょうね。
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 こどもが健やかに育つのは、親の願いですね!

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お香水について

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 今日は、12日の「お水取り」でくみ上げられるお香水について紹介します。
香水の残りが、参詣者にも分け与えられたり、一般に頒布されているなんて知りませんでした(^^ゞ)
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東大寺のHPによると

 12日の「お水取り」で内陣に運ばれたお香水は、大きな桶の中でしずめられた後、13日の大導師の祈りの間に晒の布を用いて濾され、内陣須弥壇下の石敷きに埋め込まれた甕の中に納められます。

 その内一つは「根本香水」を納める甕で、「お水取り」で汲まれた水を毎年追い足ししてたくわえているものをいいます。行中にこの根本香水を使用したり、自然蒸発分が減るのでその分を補充するわけですから、「お水取り」の歴史の分だけのお香水が渾然一体となったものといえます。史料には「根本香水之事」として、「この香水はこれ天平勝宝年中、実忠和尚兜率の内院の八功徳水を以って此宝瓶に入、此堂中に納」と記されています。

 また、これとは別に「次第香水」といって、その年「お水取り」で汲まれた水を容れる甕があります。次第香水を容れる甕は、残り少なくなったものをすべて汲み出し、更に晒で甕を掃除してその年の新しいお香水を納めます。
 この甕の掃除は11日の日中の後、壇下の掃除の時に行なわれ、甕から汲み出されたお香水の残りは湯屋に下されて参詣者にも分け与えられます。
 また、この次第香水は、修二会満行後、毎月18日の二月堂での寺役法要の間にその年の堂司の役のものによって汲み出されますが、量に限りがあるので更にそれを二月堂の湯屋の井戸水で割ったものを小瓶に入れて二月堂受納所で一般に頒布しています。

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過去帳「青衣の女人」

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 今日は、二月堂での修二会の期間中、二月堂内陣において、練行衆により読み上げられる「東大寺上院修中過去帳」にまつわり 「青衣の女人(しょうえのにょにん)」の物語を紹介します。
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東大寺のHPによると

二月堂での修二会の期間中、実忠忌が勤められる3月5日の夜とお水取りの行事が行われる3月12日の夜に、二月堂内陣において、練行衆により、「東大寺上院修中過去帳」が読み上げられます。
「過去帳」とは亡くなった方の名前を書き記したものなのですが、二月堂の内陣に納められている過去帳のことを特に「東大寺上院修中過去帳」と呼んでいます。その中には奈良時代から現在に至る歴史上、東大寺や二月堂に関係した人々、或いは修二会に参籠した僧侶等の名前が記されており、その人たちの冥福を祈るために特に読み上げられます。
 鎌倉時代、承元年間(1207-1211)のことになるのですが、修二会中、集慶(じゅうけい)という僧侶が過去帳を読み上げていたところ、その前に青い衣の女性が現れ、「何故わたしを読み落としたのか」と、恨めしげに問うたといいます。集慶がとっさに低い声で「青衣(しょうえ)の女人」と読み上げると、その女人は幻のように消えてゆきました。
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お水取りの行事について

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「お水取り」とは3月12日の深夜から13日未明にかけて行われる行事で、若狭井という井戸から観音さまにお供えするお香水をくみ上げる儀式を言います。
 このご香水は、「お水取り」に先立って、毎年3月2日福井県から奈良に向けて「お水送り」の行事によって送られたものといわれています。  
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 13日の午前1時半ごろお香水をくみ上げるための練行衆等の行列が二月堂から井戸のある閼伽井屋に向かいます。
 閼伽井屋は練行衆といえども、その役割の者しか入ることができず、暗闇の中でお香水がくみ上げられ、一般の人々は様子をうかがうこともできません。
 このお香水は本尊十一面観音に献じられ、行の中でも使用されます。残りのお香水は参詣者にも分けていただけます。
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東大寺のHPでは、「お水取り」が始められた由来としては次のように伝えられています。

お水送りの行事について

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 修二会の「お水取り」の行事は、若狭井という井戸から観音さまにお供えするお香水をくみ上げる儀式で、3月12日の深夜から13日未明にかけて行われます。
 この「お水取り」に先立って、毎年3月2日福井県から奈良に向けて香水を送る「お水送り」が行われています。 その「お香水」は、若狭鵜の瀬から10日間かけて奈良東大寺二月堂「若狭井」に届くといわれています。
写真は、若狭井井戸のある閼伽井屋です。
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お水送りの行事は、福井県小浜市の神宮寺・鵜の瀬で行われます。
小浜市のHPにお水送りの行事が詳しく紹介されていますので、ご覧下さい!こちらから!

「お水送り」は午前11時、下根来八幡宮で営まれる山八神事から行事はスタート。神宮寺僧と神人がカシの葉に息を吹きかけ、手を交差させて後ろに投げる。これは、体内に宿った悪霊を振り払うためだ。それから赤土をお神酒で練ったものをご祈祷してからなめて、残り土で柱に「山」と「八」の字を書き込む。

 午後1時からは神宮寺境内において弓打神事。紫の装束に身を包んだ氏子代表が古式にのっとり、30メートルほど離れた的に向けて弓を放つ。

 午後5時半ごろ、白装束の僧がホラ貝を吹きながら山門をくぐり入場。午後6時からお堂で修二会を営み、「だったん」の行へ。7メートルもあろうかと思われる巨大松明を「エイッ、エイッ」とのかけ声とともに振り回す。
 いよいよ大護摩に火がともされると、炎が水面に燃え広がったようになる。住職が送水文を読み上げ、邪気払いをし、香水を遠敷川に流す。香水は10日後、奈良東大寺の「お水取り」で汲み上げられる。
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お水取り 松明日程

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3月1日から14日までおたいまつは毎日あがります。

3月1日~11日と13日:
  午後7時に東大寺の大鐘がならされ、それを合図に「おたいまつ」が点火されます。
  おたいまつは合計10本です。
  そのそれぞれに練行衆が一人ずつ後ろについて二月堂本堂に上堂してゆきます。
  時間は、約20分間です。

3月12日:
  午後7時30分松明はこれまでより大きい籠松明です。
  おたいまつは合計11本です。
  時間は、約45分間です。

3月14日
  午後6時30分短い間隔でお松明が連続して上がっていきます。
  おたいまつは合計11本です。
  時間は、約5分間です。
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修二会 おたいまつ

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 いよいよ明日から、「本行」がはじまります。
 今日の夕方、練行衆の方々は、別火坊を出て、二月堂の参篭宿所に入られました。
今日から、お松明が、二月堂本堂に上堂されます。
ということで、今日は、東大寺二月堂の修二会 おたいまつについて紹介します。
下の写真は、燃やされる前のおたいまつです
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お松明は、二月堂に上堂する連行衆の道明かりとして灯されるもので、12日の籠松明が有名ですが、修二会期間中の3月1日から3月14日に毎日あげられています。
お松明の火には、罪や汚れを焼き払うと言う意味が込められ、この火の粉を浴びると一年を無事に過ごせると言われています。
12日と14日以外は午後7時に大鐘がならされ、それを合図にお松明が始まります。
11名の練行衆が1人1人、二月堂本堂に上堂するための道明かりですが、「処世界」という役の方はすでに準備のため上堂しているので、通常10本のお松明があがります
12日だけは午後7時30分から11本の松明があがります
この日は、初夜大松明ということで、他の日に上堂されるたいまつより、かなり大きい「籠松明」が上堂されることで有名です。
また、14日は午後6時30分からたてつづけに10本の松明があがります

お松明は、毎日あがっていますが、特に、12日と14日が混雑します。
今年は、12日が日曜日なので、すごい混雑かと思います。
14日も、見応えがあります!
ただ、5分間くらいですぐ終わってしまいます。
写真は、14日の写真です。
雰囲気が伝わればと思います。  
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お松明の映像を大和路ア-カイブでみることができます! こちらから!

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修二会の本行について その2

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3月1日から行われる修二会の本行。
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東大寺のHPから、特定の日に行われる行法等をご紹介します。


1日: 午前一時頃、食堂で上七日(前半7日間)の「授戒」。上堂、内陣荘厳に引き続き、開白と称してこの日だけ午前三時頃日中の「時」を勤めます。
5日: 日中の「時」の後、「数取り懺悔(さんげ:三千遍禮拝ともいいます)」。初夜の初めに「実忠忌(修二会を始められたという実忠和尚の命日)」の法要がいとなまれます。またこの日の初夜の「時」が終わって「神名帳」が読誦された後に、「過去帳」が読み上げられます。「青衣の女人(しょうえのにょにん)」の物語はこれにまつわるものです。
7日: 日中の「時」の後に「数取り懺悔」。日没の「時」の後で「小観音出御(内陣後堂に安置されている小観音御厨子(みづし)が禮堂に出御)」の法要。小観音御厨子は後夜の「時」の間に再び内陣に運び込まれ、これ以降、内陣正面に安置されます。
8日: 食堂作法の前に下七日の「授戒」。
12日: 日中の「時」終わって「数取り懺悔」。初夜大松明(籠松明;かごたいまつ、11本、午後7時半)にて上堂。初夜終わって「神名帳」、その後に「過去帳」の読み上げ。 後夜の「時」の途中に咒師以下、二月堂下の若狭井に水を汲みに下ります。これを「お水取り」といいます。 後夜の「時」が終わって咒師作法の後「達陀(だったん)」の行法。
13日: 後夜咒師作法の後、「達陀」。
14日: 日中の「時」が終わって「数取り懺悔」。「しりつけたいまつ(午後六時半)」後夜咒師作法の後、「達陀」。この日の晨朝の「時」のことを「名残(なごり)の晨朝」と呼びます。一旦下堂後「破壇」のため上堂。以下15日のこととみなして続けます。
15日: 「破壇」に引き続き「涅槃講」、咒師の「神供」、大導師の「神所」、咒師の「護摩」などがあって下堂。仮眠して湯屋にて入浴、宿所にて昼食、上堂して「四座講」、「開山堂参拝」、解散。

またこの日は「達陀(だったん)帽いただかせ」といって、達陀の行法で用いた金襴の帽子を幼児にかぶせる行事が行われます。これをかぶせてもらうと災難を受けず、また賢い子に育つといって、赤ん坊から幼稚園児くらいまでの子供をつれた人たちが大勢二月堂にお参りをされます。

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