まほろばの国から

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甘樫丘東麓遺跡で蘇我父子邸宅の石垣が発見

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明日香村にある甘樫丘東麓遺跡で、蘇我父子邸宅の石垣が見つかり、現地見学会が6月21日(日)に行われました!

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毎日新聞によると

邸宅を防御する目的で築かれたとみられる石垣=奈良県明日香村で 7世紀前半に権勢を誇った蘇我蝦夷(そがの・えみし)・入鹿(いるか)父子の邸宅があったとされる奈良県明日香村の甘樫丘東麓(あまかしのおかとうろく)遺跡で、邸宅を防御するために築かれたとみられる石垣が見つかった。17日に発表した奈良文化財研究所によると、石垣は07年に15メートル見つかっており、今回の発見で総延長34メートルになった。

 石垣は、幅約8メートルのくぼ地に河原石(20~40センチ)を高さ約1メートルまで積み上げ、北西から南東方向に築かれていた。日本書紀には、蘇我氏の邸宅が644年に「家の外に城柵(きかき)を作り」とあり、石垣は「城柵」の一部とみられる。

 奈文研によると、石垣は650~660年に造成で埋められたとみられ、蝦夷・入鹿父子が大化の改新の始まりとされる乙巳(いっし)の変(645年)で滅ぼされた時期と一致する。



現地説明会が終わってしまっていたので、遺跡はシートで覆われていました。
残念(^_^;
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石垣のあとかなぁ、、
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紫陽花の花越しに発掘現場を望みます。
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平城宮跡 大規模な役所跡発掘

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平城宮跡で、大規模な役所跡が発掘されました!

奈良文化財研究所が発掘調査をしていたもので、推定で東西約29メートル、南北18・7メートルもの大規模な礎石建物の南側に、南北27メートル以上の細長い建物が2棟並ぶ配置だったらしいです。

どんな役所だったのでしょうか?
ワクワクしますね(=^0^=)
現地説明会は24日午後1時半からとのことです!

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3月21日の朝日新聞の記事です!

甘樫丘東麓遺跡現地説明会その3

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甘樫丘東麓遺跡現地説明会の会場では、この遺跡から出土した遺物も展示されていました。
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7世紀の土器が多く出土したそうです。
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瓦や鴟尾も出土しています!
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甘樫丘東麓遺跡現地説明会その2

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第Ⅲ期、藤原宮期は、さらにⅡ期の聖地土上に盛り土をして、炉をつくられたようです。
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炉は、鍛冶炉の可能性があるとのことです。
この第3期は、工房跡と思われる遺構が出ている時期で、藤原宮期です。
炉が四つ出てきていて、その内二つには送風口が残っています。
何を加工していたかは不明です。
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石敷きの跡もみれました。
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甘樫丘東麓遺跡現地説明会(2/11)

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飛鳥京遺跡第157次調査現地説明会の会場を後に、今度は、甘樫丘東麓遺跡現地説明会に向かいます。
蘇我入鹿の邸宅跡とされ、甘樫丘の東の駐車場のすぐ上です。
たくさんの人が来ておられました。
ピ-ク時には、40分以上待ちの列ができていたそうですが、もう、終わりに近い時間だったこともあり、ゆっくりと見ることができました。
この遺構は、大きく3時期に分かれていて、今回の説明会では、各期の地層がわかるように説明していただきました。
全景です。↓
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7世紀前半の大規模な石垣です。
Ⅰ期にあたります。
石垣の東側に一段高く造成し、建物が建てられたようです。
この石垣は、大化の改新前後に一気に埋められたことが判明しています。↓
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石垣の横の地層には、暗渠のあとが見られます。
これは7世紀中頃から後半のⅡ期のものだと思われます。
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飛鳥時代の甘樫丘は、何度も造成され、さまざまな施設が築かれているようで、とても重要な場所だったのでしょう。
甘樫丘から飛鳥を一望しながら。
建物2です。↓

飛鳥浄御原宮の北端? 大規模な石組み溝が出土

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またまた、飛鳥の発掘の情報です!
明日香村の飛鳥京跡で、「飛鳥浄御原宮」の北端と思われる7世紀後半の精巧な石組み溝が見つかったそうです(*^_^*)

巨岩と小石を積み分けた2段構造で、水流調整のため溝と溝の合流地点で深さを変えるなど高度な設計。この石組み溝を北限とすると、飛鳥浄御原宮は推定で南北約800メートル、東西は最大で約500メートルとなり、飛鳥盆地全体に広がる大規模な宮だったと推測されています。

 発掘されたのは、東西方向と南北方向の溝が合流する部分。東西溝の方が大きく、長さ13メートル以上、幅約1.7メートル、深さ50~95センチと飛鳥京跡内で発掘された溝としては最大級という。生活用水などの基幹排水路として使われたらしいです。
現地説明会は、11日正午~午後4時です。

この日には、甘樫丘東麓遺跡の現地説明会も同じ時間に行われます!
現地説明会の、はしごもいいと思います(*^_^*)


この写真は、昨年3月11日(土)に行われた飛鳥京の遺跡の現地説明会のものです。
今年は、どんな感じかなぁ。。。
o(^-^)o ワクワク

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2月6日の朝日新聞によると

蘇我入鹿の邸宅跡で大規模石垣が出土!

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蘇我入鹿の邸宅跡とされる明日香村の甘樫丘東麓遺跡で、7世紀前半の大規模な石垣や建物跡が見つかったというので、発掘場所を見に行ってきました。
場所は、甘樫丘の東の駐車場のすぐ上です。
シ-トが、かけられていましたが、かなり広いです。
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石垣が、大化の改新前後に一気に埋められ、一昨年出土した5棟の建物が埋められた跡に建てられた可能性もあるということで、まだ良くわかっていない飛鳥時代の歴史が少しずつひもとかれていくような気がします。
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11日、正午から午後4時まで行われる現地見学会が楽しみです!

産経新聞に写真付きで詳しくのっています。
現地説明会の案内看板がありました。

新田部皇子の邸宅か 奈良・竹田遺跡

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明日香村の竹田遺跡の発掘情報です。
詳細は、こちらから!

11/22の産経新聞によると


 奈良県明日香村の竹田遺跡で、飛鳥時代(7世紀後半)の大型建物跡など6棟の遺構が見つかり、21日、村教育委員会が発表した。天武天皇が開いた飛鳥浄御原(きよみはらの)宮を見下ろす高台に位置し、さながら「ビバリーヒルズ」のような飛鳥の高級住宅地だったとみられる。

 万葉集には天武天皇の皇子、新田部(にいたべの)皇子がこの地に邸宅を構えたことを示す和歌があり、村教委は「皇子邸との関連も含め、さらに調査したい」としている。

 今回見つかった遺構で最も大きいのは東西4.8メートル、南北6.6メートル以上の建物跡。柱の据え付け穴は一辺1メートル前後と宮殿クラスの大きさで、皇族や高級官僚の邸宅の可能性が高い。

 和田萃・京都教育大教授(古代史)は「相当の権力者の邸宅跡であることは間違いない。宮殿を見下ろすこの丘陵には、高級官僚らの邸宅がびっしり建てられていたのだろう」と話している。

 また、万葉集には柿本人麻呂が新田部皇子の屋敷でよんだとされる歌があり、皇子邸が「矢釣(やつり)山」の近くにあったとされる。竹田遺跡は「八釣地区」のすぐ西にあることから、皇子邸の可能性も浮上した。

 竹田遺跡のすぐ南の「小原地区」は、大化の改新(645年)で中大兄皇子(後の天智天皇)とともに蘇我氏を滅ぼした中臣鎌足(614~669年)の生誕の地と伝えられており、この地域一帯に皇族や高級官僚の邸宅が広がっていたとみられる。

 ■新田部皇子(生年不明-735年) 天武天皇の皇子で、奈良時代の政変「長屋王の変」(729年)をめぐり、藤原氏と対立した長屋王の罪を糾弾。軍事を統括する畿内大惣管(きないだいそうかん)に任命された。天然痘で死去。その後、息子の道祖王(ふなどおう)が、藤原氏打倒を企てた奈良麻呂の乱(757)に連座し、平城京内の新田部皇子の旧宅が没収され、唐招提寺(奈良市)として建て直された。


■現地見学会が、2006年11月23日(祝) 午前10時~午後3時開催されます。
  説明は無く、明日香村発掘調査報告会 (11/25(日))で解説されます。


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