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お水取り 本行の灯明「油量り」(2月18日)

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■本行の灯明「油量り」
 2月18日(土)に、修二会で使われる灯明用の油を準備し、その量を確認する「油量り」が二月堂で行われました。
 読売新聞によると

この日は二月堂南側の出仕口に、寄進された菜種油の一斗缶7個が並び、練行衆の役職者「堂司(どうつかさ)」らの立ち会いのもと、寄進者らが三つの壺(つぼ)に油を移していった。壺には、一斗から一斗三升の油が入り、堂司が確認した後、封印した。油は本行に入ってから必要に応じて取り出し、灯明皿などに使われるという。通りがかった参拝者らは、古式にのっとった行事を、珍しそうに見入っていた。(2006年2月19日 読売新聞)
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2006年02月19日の朝日新聞にも、堂司らの立ち会いのもと、油を量る人たちの様子が写真で紹介されています

東大寺二月堂の修二会(お水取り)で使われる灯明油の量を確認する「油量り」が18日、奈良市の同堂であった。堂の周辺には事故よけの竹矢来が築かれて松明の竹もそろい始め、行の準備が整いつつある。
 油は、愛知県岡崎市の油脂会社が用意した灯明用の植物油。3月1~14日の本行で終日ともす灯明に使われる。
 18リットル缶7個分を油脂会社の関係者がおけで量り、三つの油つぼに移した。法要進行の責任者である堂司の田方広真・景福寺住職(福岡県鞍手町)らが検分し、つぼを堂内に納めた。
 修二会は20日から前行の別火。田方さんら10人が、すでに別火入りしている筒井寛昭・龍松院住職と合流する。(2006年2月19日 朝日新聞)


東大寺のHPには、油はかりについて、次のとおり紹介されています。

東大寺では毎月、日を決めて一山総出で早朝の法要を行っているのをご存知でしょうか。毎月一日は八幡殿と阿弥陀堂、二日は聖武天皇殿、五日は念仏堂と行基堂と俊乗堂、六日は戒壇院、八日は大仏殿、十二日は公慶堂、十五日は再び大仏殿、十六日は開山堂、十七日は法華堂と三昧堂、十八日は二月堂と北山手観音堂。これを「寺役(じやく)」と呼んでいます。しんがりの十八日は観音さまの日。二月堂では講師読師をたててニ座の法要を行います。

二月十八日はこの法要の合間に、修二会で灯明に使用する菜種油の「油はかり」を行います。この日の主役は堂司(どうつかさ)、平衆をとりまとめて修二会全体を取り仕切る役です。修二会開白の時、漆黒の闇の中、堂童子が火打石で切り出した火で点した常灯という行の中心となる灯明を、行中守ってゆくのも堂司の役目です。堂司の行中における責務の重大さを象徴しているといえます。

この堂司が処世界の役の者を随え、二月堂南出仕口での「油はかり」に立ち会います。油を納入する人が、二月堂常住の真っ黒な油壺に菜種油を注ぎ込み、目盛りを刻んだ木の定規を壺の底に当てて量を確認します。油枡は用いません。三つの油壺に、それぞれ一斗三升、一斗二升、一斗の油をはかり納めることになっています。合計三斗五升。

油が壺に納めれられると封がされ、さらに油の量を書いた付け札がそれぞれに付けられ、本行がはじまるまで礼堂に置かれています。


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