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まほろばの国から

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お水取りの行事について

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「お水取り」とは3月12日の深夜から13日未明にかけて行われる行事で、若狭井という井戸から観音さまにお供えするお香水をくみ上げる儀式を言います。
 このご香水は、「お水取り」に先立って、毎年3月2日福井県から奈良に向けて「お水送り」の行事によって送られたものといわれています。  
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 13日の午前1時半ごろお香水をくみ上げるための練行衆等の行列が二月堂から井戸のある閼伽井屋に向かいます。
 閼伽井屋は練行衆といえども、その役割の者しか入ることができず、暗闇の中でお香水がくみ上げられ、一般の人々は様子をうかがうこともできません。
 このお香水は本尊十一面観音に献じられ、行の中でも使用されます。残りのお香水は参詣者にも分けていただけます。
nigatudou006.jpg

東大寺のHPでは、「お水取り」が始められた由来としては次のように伝えられています。

東大寺のHP
「修二会」を始めた実忠和尚がその行の中で諸国の神々を勧請したところ、若狭国の遠敷(おにう)明神が釣りをしていて遅刻してしまいました。遠敷明神はお詫びの印に若狭国から香水を送りましょうと言うと、お堂の傍らの岩が割れ、黒と白の二羽の鵜が飛び出てきて、そのあとから水が湧き出てきました。この跡が閼伽井屋となっています。
二月堂縁起に、
「実忠和尚二七ヶ日夜の行法の間、来臨影向の諸神一万三千七百余座、その名をしるして神名帳を定(さだめ)しに、若狭国(わかさのくに)に遠敷(おにう)明神と云う神います。遠敷河を領して魚を取りて遅参す。神、是をなげきいたみて、其をこたりに、道場のほとりに香水を出して奉るべきよしを、懇(ねんごろに)に和尚にしめし給ひしかば、黒白二の鵜(う)、にはかに岩の中より飛出(とびいで)て、かたはらの樹にゐる。その二の跡より、いみじくたぐひなき甘泉わき出(いで)たり。石をたたみて閼伽井とす。」
とあり、魚を採っていて二月堂への参集に遅れた若狭の国の遠敷明神が二月堂のほとりに清水を涌き出ださせ観音さまに奉ったという、「お水取り」の由来を伝えています。

「お水取り」は、12日後夜の五体の途中で勤行を中断してはじまります。「お水取り」の行列は灑水器と散杖を携えた咒師が先頭となり、その後に牛玉杖と法螺貝を手にした北二以下五人の練行衆が続くきます。13日の午前一時過ぎ頃でしょうか。南出仕口を出ると咒師童子が抱える咒師松明が行列を先導し、篝火(かがりび)と奏楽の中、堂童子、駈士(くし)、御幣を捧げ持つ警護役の講社の人たちや、汲んだ水を入れる閼伽桶を運ぶ庄駈士(しょうのくし)も同道して、「お水取り」の行列はしずしずと石段を下り、途中興成神社で祈りを捧げ、閼伽井屋(若狭井)に至ります。

「お水取り」の井戸は閼伽井屋という建物の中にあり、当役の者以外は誰も入ることもうかがうことも出来ません。行列が閼伽井屋に到着すると咒師、堂童子等が中に入り水を汲みます。これが二荷ずつ、閼伽井屋と二月堂の間を三往復して、お香水が内陣に納められます。「お水取り」が終わると閼伽井屋に下っていた練行衆等は再び行列を組んで二月堂へ戻り、中断していた後夜の「時」が再開されます。
まほろばの国から、旧館はこちら!
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2 Comments

ユキ says..."行ってきました"
お水取り、なんとか日曜に時間を作っていくことができました。
やっぱり実際見ると迫力ですね!!なんだか感動しました、また来年も行きたいなって思いました。
奈良生まれの私、お水取りはもちろん昔から知ってましたが、お水送りは3,4年前、仕事で若狭に出張に行った時にタクシーの運転手さんから教えていただきました。
奈良から少し離れた若狭でそんないわれがあったのですね。
2006.03.06 22:41 | URL | #- [edit]
tomo says..."コメントありがとうございます!"
行ってこられたんですね(*^。^*)
素敵な写真みせていただきました(^_-)-☆
お水送りとかほんとお水取りの行事は、奥が深いなって思ってます(*^。^*)
2006.03.08 00:12 | URL | #XAUl15Aw [edit]

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